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「無理は無理」

この間、バンドの忘年会兼録音大会を行いました。

メインはスープカレー!
に、チキン1体丸ごと入ってました(笑)
私たちの曲で「ルースター」っという曲があるのですが、まさにそんな感じでした。

チキンさんがものすごい勢いでダッチオーブン(鍋のこと)の領域を占めていたので、最終的にはスープカレーならぬ、普通のカレー並のとろとろさになってました。

いやー、それにしてもとっても美味しかったのでした。

そうそう、音源を録音したので、来年には披露できるのかもしれません。
今日気づいたのですが、私、一曲歌詞の一部を間違えて唄ってしまいました。
しまった・・・。
また取り直すかも、、かも?かもかも?しれません。

さて。

話変わりまして今日、東急ハンズの手芸売り場でボタンをチェックしていたのですが、その隣にいた親子がこんな会話をしていました。

「お母さん、これやってみたい。」

ビーズでつくるお人形キットを指差していた子供が言いました。

「無理よ。そんなの無理。」

そしたら子供は悲しそうにこういいました。

「お母さんはどうしていつも『無理』って言うの?」

するとお母さん、さらりと、

「無理なものは無理なの。」

その子は納得しない様子で、あきらめているようでした。

その会話を聞いていた私は、といいますと、
なんだか、悲しい気持ちになりました。

やってもないことに対して、理由の説明もなくただ「無理」って言わなくてもいいのにね。

そう思いました。


自分らしく?

ここ最近、「自分らしくないなぁ」って場面があります。

気を許せる人たちといるときは、そんなことを思わず、のびのびとしていられるのですが、そうでない場面では、なんだか小さな箱に押し込まれたみたいな窮屈感を味わっている感じが否めません。

原因は全部分かっているので、これに関して悩むことはないのですが、この窮屈感の居心地の悪さは面白くないなぁっと思うわけです。

めんどくさいなぁって思うわけです(笑)

私のことを大して知らないのに、「こういう人でしょう」と決め付けられてもねぇ。
「あぁそうなんですかぁ」っとしか言えないよねぇ。
そして心の中では『この人はなんで決め付けるんだろう』ってつぶやいてしまうわけです。

ふん。
まぁ、これも試練かもしれませんね。

まぁなるべく心が広い人たちと接して、魚眼レンズに写った空を映すかのごとく澄んだ気持ちで毎日すごしてゆこうじゃないですか☆。

そしてうまくやってゆく方法を模索中なり。

レッツ。


「自分で考えろ」

不安に思っているんやったら、それが全てや。」

不安に思っている内容を朝簡単に父に話してみたら、そのように言われました。
言い切るあたりが、すごいと思ってしまいました。

そして続けてこのように言われました。

ものごとに白黒つけていかなあかん。」

これまた衝撃。
確かにそうなんだけど、断言するところが「おぉ」っと思いました。
決して無理をさせない父に感服。

父は自分の意見はいうけれども、最後に必ず

自分のことは自分で考えろ

って言います。
そらそうなんだけど、そんなことをあたかも当然のように言う父がかっこよく思えました。
そして、この3つの言葉をずっと覚えておこうと思いました。